1908年、「笠戸丸」が神戸港を出港し幕開けした船によるブラジルへの移住は、1973年に「にっぽん丸」がサントス港に到着し、幕を閉じました。その後、飛行機による移民が続いたものの、日本の経済成長などにより、ブラジルへの移住は減少していきました。
こうした中、1980年代に入ると日本は、未曾有の好景気により労働力不足が深刻化し、一方のブラジルにおいては、景気の悪化やインフレなどにより高い失業率に直面していました。さらに、1985年のプラザ合意による円高により日本での就労が魅力的となり、ブラジルから日系1世や日本に親戚を持つ2世を中心に日本へのデカセギが始まりました。
1990年になると改正された出入国管理及び難民認定法が施行され、「日本人の配偶者等」や「定住者」の在留資格により、日本人移民の子孫である日系2世や3世、さらにその配偶者の入国が増加し、デカセギ現象が加速しました。現在では、31万人を超えるブラジル国籍者が日本に滞在しています。
当初、多くの人々は十分な蓄えができれば、いずれブラジルに帰国するつもりでブラジルを旅立ちましたが、1990年代、日本がバブル経済の崩壊により不況に転じたことなどにより、滞在は長期化していきました。
また、デカセギ現象の初期は、単身による来日が多くを占めていましたが、滞在の長期化に伴い家族の呼び寄せや、家族を伴っての来日が増加し、今では定住化が一層進んでいます。
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